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堺浜実験線のトランスロール
取材・執筆:長谷川 吉典(写真とも)
トランスロール堺浜試験線
トランスロールはフランス・ロール社が開発したゴムタイヤ式のトラムです。
堺市・堺浜の新日鐵の敷地内に試験線が造られ、2005年から技術試験が行われています。堺浜試験線プロジェクトは次の7社共同の取組です。
参加各社からの堺浜試験線プロジェクトについての発表は下記の通りです。下記のページからPDFファイルのカタログなども入手できます。
- フランス/Lohr Industrie社製ゴムタイヤ式最新型LRT“トランスロール”を日本に初導入
LRT(Light Rail Transit)
(三井物産交通システム) - トランスロール堺浜試験線プロジェクト
(日本電設工業) - 国内初のゴムタイヤ式LRT“トランスロール”試験線の共同取組に参画
(東鉄工業) - トランスロール堺浜試験線向けパッケージ形変電所(3ページ目の記事)
(東芝) - トランスロール計画へ参画
(東急車輛製造) - ゴムタイヤ式LRT「トランスロール」堺浜試験線竣工式が開催
(東急車輛製造)
トランスロールSTE3型
(株)モチベートの森五宏さんの手配による見学会(2006年3月14日)で撮影した写真をご紹介します。
試験線には3車体のトランスロールSTE3型が持ち込まれています。同形式の詳細な仕様は、 三井物産(株)のLRT紹介ページ からPDFで配布されている資料をご覧ください。
☆写真は試験線の半径10.5m曲線上のトランスロール(堺浜試験線)
トランスロールSTE3型外観
トランスロールSTE3型の外観写真です。
日本の鉄道車輛やバスよりも調達単位が大きく100輛単位で“まとめ買い”されることを前提に設計製作されているので、外から見てもFRPやガラスのパーツの造り方などが日本製の車輛にはあまり見られない感じになっています。日本で作るのであれば少量生産で板金加工になるであろうところが、型を起こしてパーツを成型してあります。
トランスロールSTE3型外観アップ
トランスロールSTE3型の外観をアップで見ると写真のような感じです。大量生産が前提だからこそ、外板パネルを全部FRP成型品で起こせるのでしょう。
そのかわり日本の鉄道車輛やバスのように交通事業者毎の細かい造作の個別注文にメーカーが応じることはなく、FRP外装のカラーリングを好きに指定してよい以外は完全にカタログモデルの中からタイプを選択して車輛を購入することになるようです。
トランスロールSTE3型車内
写真はトランスロールSTE3型の車内です。
内装パーツも量産を前提にFRPの成型部品を多用しています。細部のデザインや合わせ目の隙間の小ささはさすが欧州製といった感じです。シートはかなり硬いですが、背もたれの曲線などが日本製とは違い、ちゃんとランバーサポートになっていました。車幅が日本の中型バス(外側で2.3m幅)よりももっと狭い(同2.2m)ところを狭く感じさせない空間設計もさすがです。
トランスロールはゴムタイヤはシングルタイヤなので、おそらくタイヤの荷重負担力にあまり余裕がないからだと思いますが、立ち席スペースは結構制限されている印象を受けました。日本式のラッシュ時の詰め込みは効かなさそうです。
トランスロールの運転席コクピット
トランスロールの運転席を外から見るとこんな感じです。
客室はノンステップの低床構造で、車輛の前後両端の動力台車の上に運転席が乗っている構造です。
ヨーロッパのトラムですから運賃収受方式は信用乗車方式を前提にしており、日本のバスや路面電車のように運賃箱を運転席の傍に設置することは最初から考えられていません。運転席は客室とは独立しています。
トランスロールの運転席コンソール
トランスロールの運転席のコンソール周辺はこんな感じです。
さすがフランスのデザインかつ大量生産前提のつくりで、運転席回りもFRP成型部品で固めてあります。
トランスロールの加速とブレーキの操作は、日本の鉄道車輛の流儀とは違って、足踏みのペダルで行います。両手はコンソールを左右から持つのが基本姿勢です。また、コンソールのちょうど大型自動車の水平のハンドルを両手で掴むような位置に赤い釦がついていますが、これがワンマン運転の安全装置であるデッドマンスイッチになっているとのことです。
何らかの機器操作をするか、もしくは赤い釦を押すかをせずに数十秒間経過すると、運転士に事故ありと見なしてブレーキが掛かるそうです。
トランスロールの軌条・案内車輪・架線など
写真は堺浜試験線の事務所内に、トランスロールの軌条や案内車輪、また架線や軌条を路面に固定する樹脂ブロックなどが展示されている様子です。
トランスロールは、車体や乗客の重さはゴムタイヤで支え、1本の軌条(レール)を掴む案内車輪は基本的に進路のコントロールにおける左右方向の力だけを負担します。トランスロールの軌条は、普通の鉄道の軌条と異なる専用の断面を持っています。軌条の頭部の断面が ◆ の形になっているところがトランスロールの特徴です。
写真で、上に日仏の国旗が飾ってあるのが、トランスロールの案内車輪です。案内車輪は左右方向のガイドの役目だけをすればよく、普通の鉄道の車輪のように1輪あたり数トンの荷重を支える必要は無いとのことで、案内車輪は“踏面”の部分に硬い樹脂のリングをはめてありました。
あとで台車の写真をお見せしますが、この案内車輪のフランジ(車輪の“つば”)が斜め左右から <◆> のようにレールの頭部を挟むかたちになります。堺浜実験線のトランスロール専用の軌条はフランスから輸入したものを設置したとのことです。
☆写真は展示されたトランスロールの軌条・案内車輪・架線など(堺浜試験線)
トランスロールの台車
写真は床下を覗き込んで見たトランスロールの台車です。
案内車輪のフランジ(車輪の“つば”)が斜め左右から <◆> のように レールの頭部を挟むかたちになります。説明によると、トランスロールの台車の左右2つの案内車輪は < > の間隔が固定で、案内車輪がレール頭部を挟み込んだ状態からは絶対に外れないとのことです。
ではどうやって、車輛を線路に載せたり外したりするのかというと、頭部を削った着脱用の断面の軌条が敷設された箇所から行うのだそうです。堺浜試験線の軌道にもそのようになった箇所がありました。
写真は車輛の中間台車(無動力)で、ゴムタイヤのステアリングはリヤカー状態です。先頭台車(駆動台車)は案内車輪が軌条にそって動く動きからステアリング動作を行っているみたいです。工学の理屈的にステアリング時にはゴムタイヤが曲線の外側に向かって転がろうとするのを強制的に曲線内方に向かわせる力が生じるはずです。
堺浜の試験線ではカーブで速度を出せる区間が無く直接検証できないものの、ロール社の技術資料では普通の鉄道車輛と比べて曲線区間の速度制限が若干厳しくなるようです。
☆写真は床下を覗き込んで見たトランスロールの台車(堺浜試験線)
トランスロールの軌道構造
トランスロールの場合、上下方向の荷重(車輛や乗客の重量)はゴムタイヤが受けて路面に伝えるので、案内軌条には普通の鉄道車輛と比べて小さな力しか掛かりません。
堺浜試験線では、写真のように説明用にわざと路面への軌条の固定方法を見せている箇所があります。これは、トランスロールの場合、普通の鉄道のように基礎を深く固める必要が無いことをアピールしているものです。
写真の試験線の軌道の場合、コンクリート舗装に建設機械で溝を切って専用の軌条を設置し、樹脂で軌条を動かないように固定した構造になっています。普通の鉄道が軌条を枕木やコンクリート道床に締結金具で強固に固定するのと比べると、相当簡易な固定方法が採用できるということのようです。
ちなみに、軌道に異物が入ったときは、台車の排障器や車輪で異物を押しのけると樹脂にめり込んでむにゃむにゃと避けられるのだそうです。実験ではわざといろいろな異物を置いて試したとのことです。
☆写真はトランスロールの中央案内軌条の固定方法(堺浜試験線)
トランスロールの軌道の車輛着脱箇所
写真が、トランスロールの車輛を軌道に乗せたり外したりするための軌道箇所です。
写真の奥は案内車輪と軌条のつくる <◆> が絶対に外れない通常の軌道で、写真の手前が軌条を細く削ってあって <┃> というか、車輛を持ち上げると軌条と案内車輪が外れるようになっている軌道です。
軌条を路面に固定する樹脂も、通常の軌道は案内車輪が通り抜ける隙間だけを残して埋めてありますが、車輛着脱用の軌道では空隙の大きい溝に仕上げられています。
☆写真はトランスロールの普通断面の軌条と車輛着脱用断面の軌条(堺浜試験線)
トランスロールの分岐器
写真はトランスロールの分岐器です。写真では分岐側に進路が開通しています。
ポイント(転轍器)の構造は、普通の鉄道の転轍器の構造である“尖端ポイント”ではなく、モノレールによく見られる“鈍端ポイント”です。
トランスロールの連結装置
トランスロールの前後のカバーは写真のように開けることができます。
中には主に非常用の連結装置が格納されています。連結装置の奥にはモーター付の動力台車が位置しています。
☆写真は車輛前後端に格納されているトランスロールの連結装置(堺浜試験線)
トランスロールは電池による走行も可能
トランスロールは充電式電池(ニッケル水素電池)を搭載しており、短距離ならば写真のように集電装置を降ろして走行することができます。
軌道を敷設する道路の条件などで、どうしても架線を張ることができない場合は、集電装置を降ろして電池動力で走り抜けることができる融通性をトランスロールには持たせてあるとのことです。
ちなみに、この半径10.5mの曲線の制限速度は10km/h以下になるようです。どうしてもということならトランスロールは急曲線を通れるとはいえ、実用の乗り物としての速力発揮の点からは曲線半径はやはり大きいに越したことはないようです。
☆写真は集電装置を降ろしての走行をデモするトランスロール(堺浜試験線)
トランスロール:優れたデザイン&限界設計
堺浜試験線でトランスロールSTE3型を見学させていただいた個人的な感想です。
再び室内の写真をお見せします。
デザインや各部の造りの良さはさすがというほかありません。配色・形状ともセンスがいいですし、形に凝ったパーツがびしっと組み合わされている工作精度の高さにはたいへん好印象を受けます。
一方、全体設計については鉄道車輛設計の門外漢の目ですが、ゴムタイヤでシングルタイヤを採用したことから荷重負担力が鉄輪よりもかなり厳しくなっていて、そこをぎりぎり成立するバランスでまとめてあるという印象です。
客室のガラス窓が大きいことは、狭い車幅の室内空間を狭く感じさせないことに大きく寄与しているように思いますが、重量的にはアルミの骨組みにFRPのパネルと比べると重くて相当不利なはずなので、この辺でも世に出たときの評判というか量産車輛としての市場性をかなり考えた設計上の取捨選択がなされていると見るべきでしょう。
使い方を想定したぎりぎりのバランスで設計されているので、たとえば座席を少なくして通勤ラッシュや観光ピーク時のぎゅう詰め輸送に対応させたい、というリクエストには応えられなさそうです。また、ヨーロッパ基準のエアコン能力では真夏の京都の猛暑では持たないかも知れませんが、空調能力を強化する重量容積の余裕も無いかも知れません。
というわけで、たいへん素晴らしい車輛ではあるのですが、日本の場合は、うまくジャストフィットする場所で導入されないと不幸せな目に合うかも知れないなぁ、という印象を受けました。日本ではどこがトランスロールがフィットする場所になるでしょうか。試験線での技術試験の結果とともに今後の動向に注目していきたいと思います。
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