武蔵野市のコミュニティーバス「ムーバス」
取材・執筆:長谷川 吉典(写真とも)
ムーバス(東京都武蔵野市)
武蔵野市の“ムーバス”は、日本のコミュニティーバスのさきがけであるとともに、成功事例として日本で最も有名なコミュニティーバスの一つかも知れません。
武蔵野市のウェブサイト では運行実績の数字も含めた各種の情報が公開されています。ムーバスは各路線とも路線バスへの潜在ニーズを的確に顕在化させて非常に利用の多いコミュニティーバスですが、2号路線「吉祥寺北西循環」は特に多いようです。1日平均1800人以上の利用があるようです。
他のウェブサイトでは、 ウィキペディア(Wikipedia)のムーバスの項 が参考になります。「誕生秘話」の項目がウィキペディアらしくて興味深いです。
以下、写真は自分が乗りに行った2003年のものですが、ムーバスについて 少しご紹介します。
小型バスを選択した理由
ムーバスの車輛は日野リエッセという車種の長さ7mの小型バスです。これは次のような検討プロセスで選定されたと聞きました。
- 市民の移動のニーズがある地点間(どこからどこへ)を丹念な調査で洗い出す。
- 結果、ニーズが大きいのに、バス路線の無い地点間が見つかった。
- そこへバスを通そう。 → バス路線が無いのも道理で、そのルートは道が狭い。
- 道が狭くても(当時の)最小クラスの路線用小型バスなら通れるのでは。
- ニーズのあるルートに走らせるために、車種は日野リエッセを選択。
ここでは、乗客が少ないから、とか、経費を抑えるため極力安価な車輛を、という考え方ではなかった点に目を向けるべきだろうと思います。
バスの研究者やファンが調査や試し乗りするのと違って、普通は人々がバスに乗るのはあくまでも“用事があって移動する際の手段”としてなので、大勢の人々に利用される路線バスを走らせようとするなら、“どこからどこへ”移動するニーズが大きいかを調査して、ルートをそれに合わせることが必要です。ムーバスの成功は、その基本に極めて忠実にバスのルートを選定したことによる面が大きいと思います。
写真のような個性的な車体のカラーリング、あるいは100円(大人・子供同額)というインパクトのある運賃は、“移動のニーズに合わせたルーティング”というバス輸送の基本を押さえて初めて効果を発揮する成功要素だといえるでしょう。
☆写真は特徴ある“0123456789”柄のムーバス車輛(吉祥寺駅北口)
バスの出入口は補助ステップ付き
ムーバスが走り始めた1995年には、このクラスの小型バスはノンステップにはなっていませんでした。
ムーバスでは、高齢者も多いと想定される利用客にとって少しでもバスの乗降が楽になるよう、車輛の出入口に補助ステップ(高さ150mm)を装備しています。出入口は低い3段のステップになっています。
これによってお年よりに限らず乗降はたいへんラクになっています。車椅子の乗降は別問題な(リエッセにはリフトが用意されている)んですが、バリアフリーにはノンステップだけが唯一の解ではない、ということだと思います。
ただし、ムーバスは車椅子の乗降には運行開始時には未対応でした。後から導入された車輛と運行開始時の車輛の更新で導入された車輛は、車種は同じリエッセですが、車椅子リフトを装備しているようです。
☆写真は補助ステップを出している乗降時のムーバス(東急百貨店前)
☆写真は補助ステップを出している乗降時のムーバス(特養ホーム前)
ムーバスの車内の様子
写真は吉祥寺東循環(1号路線)の車内です。運転席の後のパネルがコルクボードになっていて、画鋲で地域のお知らせをとめてあります。これもコミュニティーバスにふさわしい工夫として話題になりました。
自分が乗ったときも利用は多かったです。
あまり小型バスを見慣れない方のためにもうちょっと説明を足しますと、車体の幅は外側で約2.1mと大型バスよりも40cmほど狭いです。長さは大型バスが約11m、中型バスが約9mなのに対し、約7mと短いです。30人ほどで満員になります(詰めれば40人以上乗れないこともないです)。
ちなみに、小型バスのベストセラー“日野リエッセ”では、座席の配置や“つり革”“にぎり棒”をどこにどれだけつけるかといった車内のつくりは事業者によってかなり異なります(最近のノンステップバスでは国交省主導で標準化が進んできています)。
☆写真はムーバス吉祥寺東循環(1号路線)の車内(松井外科病院〜法政通り)
もう1枚の写真は吉祥寺北西循環(2号路線)の車内です。小型バスに乗客が一杯に乗るとこんな感じになります。
☆写真はムーバス吉祥寺北西循環(2号路線)の車内(東急百貨店前〜FF・伊勢丹前)
停留所は番号付き
写真はムーバスが走ってきたところです。通学路なので歩道が広く確保されていて、車道はこの程度の幅に抑えられています。
さて、ムーバスの停留所は、これも有名ですが写真のような番号付きになっています。写真でいうと“丸の中に7”ですが、これがバス停標柱の標板として遠くからでも目立っています。ムーバスの存在を目立たせる意味で効果を上げていると思います。
ムーバスがコミュニティーバスとして成功したため、これを真似る事例が全国に続出しましたが、車種に日野リエッセを採用する点とともに形だけ真似られた点のひとつが、この停留所の番号付けじゃないかと思います。
バスのカラーリングとともに、数字をあしらうのがムーバスのデザインの個性になっていると見るべきで、もしムーバスの成功に見習うのなら、
バス停標柱は目立たせるべきである
という点を汲み取ればよいのではないでしょうか。
(余談)
ムーバスのバス停は“1”からではなく“0”からナンバーが振られています。例えば 吉祥寺東循環(1号路線)路線図 のように駅前が“0番”です。この点はあまり真似されていません。たとえば 醍醐コミュニティバス も コミュニティバスやわた も番号は1番からの連番です。
停留所が間に増えると……
写真はあとから増やされたムーバスの停留所の例です。
地下鉄は滅多なことでは開業後に途中区間で駅が増えたり減ったりしませんから駅に記号番号を振っても半永久的に案内に使えるでしょうけど、バス路線ではかなり頻繁に停留所に関する動きがあるように思います。停留所に一連番号を振るというアイディアはこの点でもイマイチじゃないでしょうか。
ムーバスの場合は、停留所の増設に対応して写真のように枝番を付けました。一旦番号を付けて地域に周知させた停留所に関しては変更をなるべく避ける方針のようです。
京都市と周辺のコミュニティーバスでは、 醍醐コミュニティバス や コミュニティバスやわた が停留所に番号を振っていますが、どちらも停留所が途中に増えたときには、そこから後の番号を振り直しています。率直に言って、これでは地域に停留所番号の周知を図る意味が無いように思います。
狭い道を走ります
写真は狭い道を走るムーバスです。一番利用客数の多い 吉祥寺北西循環(2号路線) です。
この光景を見ると
- バス路線が通れば利用したいという、人々の移動のニーズは十分にある。
- でも道が狭いからこれまでバス路線は引かれていなかった。
- じゃ、武蔵野市が狭い道でも走れる小型バスでバス路線を引こうじゃないか。
という、ムーバスの基本発想をそのとおり実現しているな、と思います。
また、この路線の実現には、専門用語としては“交通管理者”といいますが、警察が納得して狭い道の路線バス運行を認めたという点も大きいのではないでしょうか。ムーバスの成功の背景には、行政・バス事業者・地元・警察など関係者の協力体制を上手くつくることができたことが間違いなくあるでしょう。
歩道上の路線バス:ドア・ツー・ドアの実現
ムーバスは単に狭い道を運行するだけでなく、“需要があると考えられる地点間を路線バスが結ぶ”という基本発想が貫かれている感じがします。
写真は「東急百貨店前」のバス停の様子です。
狭い道を走ってきたムーバスは、歩道に上がって歩道上で客扱いを行います。写真の右が直ぐ東急百貨店の入口になっています。「マイカーやタクシーと違ってドア・ツー・ドアの交通機関ではない」と言われる路線バスでも、出発地と目的地の少なくとも片方の大勢の人の集まる施設の側は、バスを運行する側の努力で玄関先にバスを乗りつけることができるという事例です。
一般車輛を規制した細街路を走るムーバス
写真は武蔵野市の大正通りをムーバスが通る様子です。 1日平均1800人以上が利用するという 吉祥寺北西循環(2号路線) です。
ムーバスを見ると、京都のいわゆる「田の字」の都心地区でも、マイカー規制をかけて歩行者優先にした街路に公共交通機関として小型バスを運行するかたちを、政策選択肢として検討してみてもよいのではないかと思えます。
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