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フランス・グルノーブルのLRT

取材・執筆:長谷川 吉典(写真とも)

グルノーブル市電

LRTのリーフレットの写真にはフランスの事例が多く見られますが、フランスの都市のLRTを活用したまちづくりについてまとめた本があります。

フランスのLRTのうち、グルノーブルは自分の撮った写真があるので、お見せします。

グルノーブルでは1981年に最初のトラム導入の提案があったあと、10年ほどかけて慎重に世論を形成したのち、僅差の住民投票で市民の了解を得て路線整備に入り、1987年に最初の路線が開通、AB2つの路線の整備が行われたようです。

整備後は非常に評判がよく、アンケートでも支持が大多数になっているようです。「狭い都心部での車利用の便利さを大きく制限し、歩道ゾーンを拡大する等、個人の活動を大きく制限する内容を含むフランスで最初の交通計画をすすめ、成果を上げた意義は大きい」(上掲の書籍)のだそうです。

写真は市内中心部の繁華街、フェリプーラ通り(の端っこ)のようすです。ものの本によれば高級ブランド品のお店が並んでいるという、このフェリプーラ通りの道幅は写真のとおりで、市電と歩行者専用になっています。直交する道には自動車が入れるので、写真の中央に自動車進入禁止の交通標識が写っています。

市電の架線はクロススパン式ですが、電柱(架線柱)を立てず沿線の建物に直にスパンワイヤーやメッセンジャーを取り付けてあります。


さて、海外の事例なども参考にしながら、LRTを道具とした京都の中心市街地の整備・活性化を考えるとき、とでも重要な検討事項があると思います。それは、

LRTのある京都らしい街なみって、どんな感じ?

ということでしょう。

京都でヨーロッパの市街地の模倣はありえないですし、キレイに整備されたけどまるで東京のどこかみたい、というのでも京都ならではの魅力とはいえません。どんな感じにするといいでしょうか? 京町家もビルも含めてLRTの走る通りを京都らしい景観にまとめていかないといけなさそうですが、自分は専門外なので、この辺は空間計画の専門家の方々に冴えた提案をいただきたいところです。

写真:グルノーブルのトランジットモール
☆写真はグルノーブル市電(Maison du Tourisme:1993年撮影)

軌道:分岐器は弾性ポイント

写真はグルノーブル市電の軌道の分岐器部分です。その転轍器には乗り心地に配慮して「弾性ポイント」が使用されています。


以下、ご存知の方には冗長な話ですが、少々解説をさせていただきます。

軌道の分岐部分を分岐器(英語でスイッチ)といいます。その重要な一部に車輛の進路を切り替える転轍器(英語でポイント)があります。転轍器部分には、進路の切り替えのために動く先の尖った軌条(レール)があります。それを尖端軌条(トングレール)といいます。

で、写真でアップになっている転轍器は、今、直線側に進路を構成しています。

これが曲線側に進路を構成するときは、金属のフタの内部のメカが作動し、2本ある尖端軌条が写真の右下方向に動きます。手前側の尖端軌条は直線のレールに密着し、向こう側の尖端軌条は曲線のレールとの間に車輪のフランジの通る空隙をつくります。

で、尖端軌条の移動が起こるとき、尖端軌条は続く普通の太さのレール(リード軌条)と一体となっていて、境界部の断面を小さくして撓みやすくした箇所で軌条が撓むことで動きを確保します。

尖端軌条がリード軌条とは切り離された部品になっていて尖端軌条だけが動く古くからある構造に対し、写真の転轍器のような、尖端軌条とリード軌条の間のつなぎ目を無くしてレールの弾力性を利用して可動する構造のことを「弾性ポイント」といいます。

ヨーロッパの一流レベルの市電がまさに滑るような乗り心地で走る背景にある技術の一つが、これです。

ちなみに、あちらの市電の軌道の整備水準は日本のそれと比べると非常に高く、レール頂部の細かい凹凸(波状磨耗)を平らにするために砥石でレールを磨く専用の車輛(レール削正車)を保有していたりします。弾性ポイントやレール削正車は、日本の在来線では、大手私鉄各社においてすら、騒音振動対策として比較的最近になって普及するようになった技術ですが、ヨーロッパの市電ではもっと以前からあたりまえに用いられているものです。


彼我の軌道の保守レベルの差に関連するエピソードとしては、日本では、2004年1月、富山県の万葉線が新型LRV、MLRV1000形を導入した直後、同車の脱線事故が発生して問題になったことがありました。

メーカー(新潟トランシス)が輸入して組み込んだ超低床LRV用の台車の車輪が欧州向けの寸法になっていたのが分岐器での脱線の原因の一つとわかり、対策として、車輪の「バックゲージ」という寸法測定箇所で10ミリ寸法を変更した車輪に交換し、軌道と車輪の間の「遊び」を大きくすることが行われました。

広島電鉄がドルトムント市電を輸入したとき(1982年)には、広島で走らせる前に車輪を交換したのですが、万葉線には広島電鉄のノウハウが伝わらなかったようです。

新幹線に代表される日本の鉄道技術が世界のトップレベルであることは間違いないのですが、LRTに関しては、車輛技術だけでなく軌道技術などにも世界の一流レベルとの間で埋めなければならない差が存在しているのが現状です。それは見方を変えれば、今後の発展がそれだけ楽しみだといえるのですが。

写真:市電の軌道の分岐器部
☆写真はグルノーブル市電の軌道の分岐器部(1993年撮影)

公共交通ネットワークの中のLRT

グルノーブルのトラム/バス/トロリーバスの路線図の一部をお見せします。

画像では、太いブルーの線がトラムA線、太いグリーンの線がトラムB線です。画像の左下でトラム2路線が重なっているところが繁華街のフェリプーラ通りです。トラムの線よりも細い線であらわされているのがバス(とトロリーバス)の路線です。この路線図でも明らかなように、(あたりまえですが)LRTだけでなくバスも公共交通機関として市内の各部を結びつける役割を担っていることがわかります。LRTに対するフィーダーサービスの役割を担うバス路線も設定されていることに気付きます。

また、四角の[P+R]のマークはパーク・アンド・ライドの駐車場です。フェリプーラ通りのトランジットモール化とあわせて、マイカーは駐車場に停めてバスやトラムに乗り換えて繁華街にお越し下さいという政策が実施されていることも見てとれます。


こうして、LRT単独ではなくフィーダーサービスのバスやパーク・アンド・ライドのシステムが組み合わさった総合的な効果として魅力の増した中心街に市内各所から大勢の人が訪れることになり、LRTを都市の道具として生かしたまちづくりという所期の政策目標が達成されたのでしょう。

LRTで成功した都市を写真1枚で端的に紹介するとトランジットモールの光景が代表にはなるのでしょうけど、中心市街地自身だけでなく市内全域を、また軌道系交通機関だけでなく全ての交通手段を視野に入れた計画づくりが必要だろうと思います。

画像:グルノーブル市内路線網
☆画像はグルノーブルの公共交通機関ネットワーク(出典:TAG

郊外部のトラム

写真はトラムB線の終点のようすです。大学のキャンパスの中の停留所で、いかにも郊外という感じです。

さて、写真に写っている車輛で、客室の床面の高さがわかると思います。100%低床車以前の世代の車輛で、客室の中央部分の床を路面近くまで引き下げた構造になっています。

日本では通例では運賃収受方法の関係で運転席のすぐ後に客用ドアが必要になるので客室の前後両端の床が高い構造は使いにくいのですが、信用乗車方式の場合はその辺が問題にならないので、動力台車の構造を信頼性・保守性で実績のある従来構造としたこういう単純な部分低床車を導入して十分なアクセス性向上の効果を上げることができます。

とはいえ現在では100%低床車もヨーロッパではかなり保守の実績ができてきたようです。国産品は広島電鉄が毎日の運行と保守の中で実績積み上げ中のようです。

写真:グルノーブル市電の郊外終点
☆写真はグルノーブル市電(Universites:1993年撮影)

都心のトランジットモール区間だけがLRTではありません

写真はトランジットモールの区間を行くグルノーブル市電です。

LRTというとトランジットモールの整備がセットのように言われる日本の現状ですが、こういうトランジットモールの区間だけを視察して「同じような光景をウチの街にも」と、モール区間だけを作ったら失敗するでしょう。

LRT路線にバス路線やパークアンドライドの拠点を組み合わせた、郊外から途中を経て中心の繁華街に至る、文字通りの“ネットワーク”が整備されたからこそ、海外の先進事例の都市では大勢の人がLRTを利用しているわけですよね。

京都でLRTを整備するにしても成功するためには同じような考え方をする必要があると思います。新設するLRTの路線と組み合わせる鉄道・バスなど公共交通の路線網はどのような姿にするのがベストでしょうか。

写真:トランジットモールを行く市電
☆写真はグルノーブル市電(Maison du Tourisme:1993年撮影)

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